ナースコール

関西医科大学救命救急センター入院中。

気管切開して人工呼吸器を使用していた頃。

両肺挫傷があったため、ひっきりなしに痰が詰まり、吸引して貰っていました。

気管切開したところから吸引するので、吸引チューブの先端が気管に触れると、とても苦しいんです。

でも、息が詰まりそうになるよりましなんで、痰が溜まると、ナースコールを押して看護婦さんを呼んで吸引して貰ってました。

救命救急センターの看護婦さんに後で聞いたのですが、15分置きにナースコールを押していたんだそうです。勿論、痰がひっきりなしに詰まっていたのは確かなんですが、吸引しても何も引けない時も結構あったんだそうで、ちょっとでも呼吸苦があると、不安に駆られてナースコールを押していたようです。痛み止め精神安定剤の注射をどれぐらいして貰ったのか、今ではよく覚えてなかったりします。

事故当初は、腕を持ち上げることさえ大変で、首を回すこともままならない状態でしたから、ナースコールは右の掌に載せて貰ってました。左はギブスが前腕にされていて吊されていたので。ところが、夜中にナースコールを押そうとまさぐっていたら、ナースコールをはじいてしまい、届かなくなってしまった事があるんです。そうなると、人工呼吸器がついてますから、声は出せないし、もう、看護婦さんが次の巡視に来るまで待つしか方法が無くなります。溜まってくる痰をゴロゴロ鳴らせながら「さて、看護婦さんが来るまでに息が詰まらなきゃいいんだけど。」なんて思いながら、少しでも楽に息をしようと集中しなくてはなりませんでした。

自分で痰を出せるようになるのは、ずっとずっと後のことでした。

人工呼吸器が外れて、気管切開の穴が自然に塞がっても、肺活量が1000cc無かったのと、力がなくって、咳が出来ませんでした。くしゃみも出来ませんでした。

自力で排痰が出来ず、大部屋に移ってからは、痰が溜まると、ナースコールで呼んだ看護婦さんにお腹を押して貰って痰を出してました。

今は、自分でお腹を叩いて痰を出してます。

 

久しぶりに事故直後の記憶を少しだけ、たぐり寄せてみたサワグチでした。

 

1999/06/09(Wed)

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