メモ帳2冊目 1997/2/22〜5/18

2冊目は1997年2月22〜5月18日まで。

天草五橋

2月23日 大観坊まで母の車で外出。

2月26日 10:30の導尿で、亀頭から膿が出てきた。尿量100ml。発熱はない。

3月2日 天草五橋まで母の車で外出。

3月3日(雛祭り)私個人の車椅子、(一代目)が15日に来ることを知らされる。

3月4日 8:30の導尿でまたも亀頭から排膿あり。採血、検尿の結果、白血球9300。尿路感染が証明された。

自前の車いす(一代目)

 

3月9日 この日から、テレミンソフト(座薬)を挿入後、便器で排泄を試みる。この頃はまだ、自分で摘便出来ませんでした。もう一代目の車いすに乗ってる画像があります。金峰山へ。トランスファーボードでやっとこさ車を乗り降りしてます。この時の画像が、車の乗り降りなのです。

3月13日 テレミンソフト(座薬)を挿入後、25分で便器へ移動(要介助)、20分後に排泄あり。やっとトイレでの排泄が可能に

3月15日 体位交換導尿をこの日から全て自分で行う事に。

3月17日 日産マーチアンシャンテの試乗車をわざわざ熊本機能病院まで持ってきていただいたのですが、乗り降り不可でした。

3月20日、春分の日。昼から車いすで外出、近くのTUTAYAまで。CDをレンタルしたくて。でも、2階だったので、初めて車いすを担いで頂いて上げて貰うというお願いをしました。このとき私を担ぐのに4人必要だということも理解しました。

3月27日 またも亀頭から排膿あり。発熱なし。テレミンソフト(座薬)を挿入後、ベットから降りる前に下痢便をおむつにしています。

3月28日、ダントリウムを3カプセルに増量。TVでユニハウスについてニュースがあり、にしくまもと病院に見学予定とする。

八景水谷公園

3月30日、昼から1人で近くの八景水谷公園まで花見に出かける。

この頃は胸の痛みのためにロキソニンを夜頓服で飲んでる日が多いです。

昼ご飯。鯛の尾頭付きと赤飯

4月1日、開設16周年記念とのことで、熊本機能病院がお休み。よってリハビリもなし。昼ご飯は鯛の尾頭付きと赤飯。

排便はトイレに行く前におむつにでてしまうことが多くなってます。

4月12日より、トイレで看護婦さんに摘便してもらって排便してます。

湯の児の水俣市立リハビリテーション病院

4月13日、湯の児の水俣市立リハビリテーション病院に見学に行ってます。。

母の車から私の車いすを上げ下ろしするために、母は、板を渡していました

4月19日、胸髄損傷の方に外来にわざわざ来ていただいて、起きあがりや車いすの乗り降り等を実演していただいてます。丁度、私の障害部位に合ったやり方が分からなくなってきていたので、リハビリの先生にお願いしていたのです。15:00よりにしくまもと病院まで、ユニハウスを見学に。ここで初めて私が実際に退院したあと、どのような生活が必要なのか目で見て実感してます。

うなぎの徳永

その日は、お昼ご飯をうなぎの徳永でご飯を頂いたのですが、画像のように当時、入口は段差があったんですが、私が食べに行ってからスロープが付いたのだそうです。

吉野ヶ里遺跡

4月20日 吉野ヶ里遺跡まで母の車でお出かけ。ここは車いすの貸し出しもしてました。どっと疲れが出たのか、帰院後、夜の尿量が少なく、ロキソニンの服用とボルタレン座薬を使ってます。

4月24日 体重66.1kgと判明。

4月28日、午後のリハビリ中に悪寒あり、リハビリ中止。発熱37.6℃ボルタレン座薬使用。

←貸し出しの車いす

田原坂

4月29日、母が気張らしに荒尾ショッピングモールまで連れていってくれてます。ついでに帰りに田原坂まで。

5月3日、憲法記念日。昼に発熱。38.0℃、ボルタレン座薬使用。

5月4日。杖立温泉鯉のぼり祭りに。

介助入浴用の車いす

5月5日。こどもの日。この日から介助入浴開始。それまでは、ベットで裸になってストレッチャーに寝て特殊浴槽まで運んで貰って身体を浴槽に担いで入れて貰ってました(4人必要)介助入浴用の車いすに乗り換えて、座ったままでシャワー浴に。それ以降湯舟に身体を付ける事が出来るのは、退院して部屋のお風呂の改装が済んでからでした。そのかわり、特殊浴槽の入浴は人出が沢山必要な為、週に1回で、後は清拭なのですが、介助入浴だと月、木の週2回入れるのでした。

湯布院厚生年金病院

5月6日、この日からケースワーカー(脊髄損傷で車いすの方!)の愛車を使わせていただいて、車の乗り降りの練習を開始。

5月11日〜12日。大分にいる家族に会うため外泊。7:00に出発、翌日15:30帰院。やはり帰院後発熱。ボルタレン座薬のお世話になる。ついでに湯布院厚生年金病院を見学。実は、この大分行きが現在の大分在住のきっかけになるのです。

5月16日、段差4横指の上り下りがokになる。

5月18日、関西医科大学救命救急センターがTVに紹介される。私の主治医であった先生を久しぶりにTVで拝見する。

2冊目はここまで。筋力が快復し始めて、僕も、母も積極的に外出を毎週のように繰り返しています。母の車で出かける回数が多いし、ここに書いてないけど、車いすで熊本機能病院の周辺を1人でうろうろし始めています。無理がたたったのか、不明熱を繰り返していますが。排便もやっとトイレで可能になってます。この頃から”退院”という言葉が次第に現実味をましてきているような気がします。転院先の病院、施設、住宅の改装などに興味を持ち始めています。

1999/06/03(Thu)作成

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