メモ帳1冊目1996/12/17~2/21

ここにメモ帳が6冊あります。

MARUMAN spiral note N670  94 ×132 50枚 6ミリ (メモリ入中細罫) 

日付は1996年12月17日から始まり、1998年4月30日で終わっています。

これは、自己間欠導尿を開始して、飲水量と尿量をコントロールするためにつけ始めたノートです。

事故から3年経って、久しぶりに引き出しから出してきました。

とりあえず、1冊目を閲覧していくつか分かった事実を。

ついでにデジカメの画像の一番最初は12月30日から始まってますのでその画像もチェックしていきますね。

これにはちょこちょこといろいろ書き込んでありまして、開始した当時、坐位をとるだけで、低血圧になっていたのが分かります。室温も書き込まれていて、私の部屋はエアコンの調子があまり良くなく、20℃前後しかなくって寒かったのが分かります。便は排便を誘発する座薬を入れて貰っておむつにでるのをベットで待つ方法でした。

この頃は普通の体温計を使ってたので、体温が36.0℃前後しかありませんでした。

1996年12月30日、家族揃って、久しぶりに外食、中華を食べに。(外出許可はとってます)デジカメ画像はこの日から始まってます。

←デジカメ開始の画像より

↑頚髄損傷用の車いす(自重、約25kg)

 

1997年の元日から3日間、発熱して座薬のお世話になってます。

元日の21:00頃、導尿の為、ベット上で坐位になった時にブラックアウト状態になり、低血圧のため、自己導尿不可になって熱が38.0℃以上出てます。2日、3日共、自分で導尿さえ出来ず、看護婦さんにして貰ってます。食事もろく採れてなかったようです。

11病棟の正月。

リハビリしていた体育館にあった凧(正月)

1月5日頃から、室温が16℃以下になるようになり、すんごく寒い状態に。あとで判明したんですが、エアコンのフィルターが詰まってたんでした。

1月11日、友人が面会に大分まで来てくれてます。(デジカメ画像で判明)

1月22日、前腕の外周が右27cm、左25.5cm。上腕の外周が右30cm、左28.5cm。

2月3日、節分の日から1週間一日尿量を看護婦さんがチェックしてます。順に、

2435ml、1895ml、1882ml、1811ml、3080ml、1610+αml、2155ml、1420ml、1830+αml

朝一番の尿量が60〜900mlとバラバラです。

↑普通タイプの車いす(前輪上げをしているところ)

 

2月12日、再度発熱、座薬使用、2日間続く。毎月尿路感染?で発熱してますね。

2月14日、バレンタインデー。昼食にチョコレートが出てます。この日やっとエアコンのフィルターが掃除されて、昼から室温が20℃を切らなくなりました。この日の朝、28℃の設定で、室温は17℃でした。

2月21日、頚髄損傷用の車いす(自重、約25kg)から普通タイプの車いすに代わってます。

1冊目の日付はここまでなんですが、最後にインターネットアドレスが書き込んであったりするので、この頃にはもう病室からインターネットをしていたようです。

1999/06/01(Tue)作成

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