サワグチをつき動かすモノ

サワグチをつき動かすモノ

喪失感、虚無感、焦燥感、不安、その他、etc,

サワグチは生来じっとしていられないタイプです。

そのサワグチが”動けない”ことがどれ程しんどいことかご想像下さい。

 

生きてるだけで、まるもうけ! で書いたように、脊損になってサワグチが考えたのは、

全てを失い(本当は失ってないものも沢山あったのだけど)全てが0になったってこと。

0ならここから出発していくつプラスにもっていけるか。

半年くらい文字通り寝たきりの生活、自分で寝返りさえうてず、看護婦さんに2時間置きに体位交換して貰わないといけない生活。

おしっこは留置カテーテルに繋がったバックに溜まると看護婦さんが捨ててくれてました。

うんちは赤ちゃんじゃないけど、浣腸しておむつに自然に出るのをこれも看護婦さんに交換してもらう。

最初、ICUの個室にいた頃、見えるのは天井のみ、聞こえるのはモニターの心電図と、人工呼吸器の音だけ。

 

今だからいえる話し。「夢」、 今だからいえる話し。「夢」の続きで書いたように、出来ることは考えることだけ。サワグチは身体が回復するまではよけいなことは考えないことにしたので、(本当にせっぱ詰まるまで、考えてもしょうがないし、結果的にせっぱ詰まらないなら悩むだけ損)意図的に現実逃避して夢に自らを埋没させました。

しかし、それも、しゃべれないときにのようにとにもかくにも人とコミュニケーションが取れ始めると一挙に現実が押し寄せてきます。

鉛筆が持てるようになると、飛躍的に意思の伝達スピードがあがりました。

人工呼吸器 が外れてしゃべれるようになるともう意思の疎通は普通にとれるように。

 

カセットウォークマンで音楽を聞き、ポケットラジオを絶えずかけていました。TVがベットサイドに持ち込まれると、ひたすら見ていました。ラジオやTVは外界とのコンタクトを維持する大切な道具でした。

でも、全て受け身の機械なんですね。”何もしない”という感じが拭えません。

 

で、はまり込んだのがゲーム。”何かしている”ことが出来ましたから。

体力の無い頃はひたすらゲームボーイをやってました。単3電池を沢山買ってきて貰って、ずっとポケットモンスター赤、緑を。

熊本に行ってからは、主にゲームボーイウォーズ&TURBOとフウライのシレンを。機械はゲームボーイPocket に変化しましたが。

次にはまっていたのがパソコン。ICUにいた頃から、ノートパソコンをベットまで持ち込んで貰って、こちらも主にゲームをしていました。日記代わりにちょくちょく文章も打ってはいましたが。

 

ベット上で世間とのアクセスが人との電話とTVくらいだったので、病院の内線からパソコン通信 を開始。

旧Nifty serveにはお世話になりました。5月に受傷、12月の終わりからインターネットを開始。

 

ベットに寝たきりの生活から、車いす上の生活になると、行動半径は病院内に。病院中をウロウロ。

売店の商品はしらみつぶしにチェック。特に、雑誌は情報を得る為にとても重要。当然すぐもの足りなくなって、正面玄関の坂を上がった場所にあったコンビニ に足繁く、リハビリを兼ねて通いました。コンビニは狭い空間に本当に沢山の物がありました。でも、品揃えはスーパーやホームセンター、本屋にはかないません。

大きな本屋やホームセンターまで遠出が出来るようになると、無断でよく通いました。色んな物を物色しに。

土日のリハビリが無い日は母が体力の続く限り、車に乗せて外出させてくれました。(車の乗り降り

熊本市内の上通り、下通り商店街をウロウロ。車いすで彷徨いました。

 

リハビリ・筋トレ もおじゃみを手で揉み揉みすることから開始し、ダンベルを持ち上げ、車椅子ランナー? を何キロもこげるまで回復。筋力アップもほぼ伸び悩み始めた頃、色々あって退院(退院する前の話し。住むところがない!)。就職(仕事について)。大分へ。最初は仕事よりも生活が優先。1日をどうやってうまく過ごすか試行錯誤の生活。日常生活動作のひとつひとつがとてもしんどく感じられた頃。

しんどい時はひたすらベットの横たわって毛布をかぶってました。

でも、体位交換しないと褥瘡が出来るし、ベットでゲームをしたり、本を読んだりするのも限度があります。

愛車ラウムを運転するようになると、1人で大分中をウロウロ。障害者用の駐車場をみつけると、大分駅前周辺を熊本にいた頃のように彷徨いました。(車の乗り降り2

 

体力も安定し、車で九州、四国まで、飛行機で大阪、名古屋、ニューヨーク等まで遠出出来るまでになりました。旅行編

でもですね、未だに、”何もしない”時間をうまく処理出来ないのです。

それなりに忙しい毎日を送るようになってきましたが、それでも1日中忙しいと身体が持ちません。

どうしても”何もしていない”時間が出来てしまいます。

あれこれ何かしようとするのですが、そういう時は必ず”何も手につかない”ので、困ります。

 

ぼくを探しに  じゃないですが、欠けた部分を探してサワグチは転がり続けます。

でも、多分欠けた欠片が見つかることはないだろうなと思っています。

 

何もしない、何も考えない時間に早く慣れないといけないと思っているのですが、

どうもダメですね。

 

2001/08/22(Wed)作成

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